代表 茂出木謙太郎が note に「ロリコンという言葉を、誰が引き受けるのか」を公開しました。

2026年9月17日に株式会社ナルミヤ・インターナショナルが告知した「しぐれうい×mezzo piano」企画の中止を起点に、企画にも商品にも使われていない「ロリコン」という語が、なぜ批判の中心に座ったのかを追った記事です。米沢嘉博が『月刊OUT』1982年4月号に書いた「ロリコンブームに物もうす」、團康晃によるファン雑誌の投稿ハガキの分析、中森明夫が1983年に『漫画ブリッコ』へ寄せた「『おたく』の研究」などを参照し、内側で自己記述として名乗られた語と、外から集団に付けられた名を区別しながら、語がコンプレックスの感触を失って軽くなっていく過程を整理しています。

後半では、大塚英志『物語消費論』と東浩紀『動物化するポストモダン』を並べ、「かわいい」が髪型・年齢感・服装・口調・関係性といった要素に分解され、持ち運び可能な記号になっていく流れを示します。そのうえで、株式会社coly が2026年9月15日に出したプレスリリースの商品構成から、売られようとしていたのが子ども服ではなく主に大人向けのキャラクターグッズだったことを確認し、ブランド名とモチーフだけを来歴のない部品として別の売り場へ運ぶ側の責任と、語を名乗る側が自分の欲望を自分で引き受ける態度(記事では「不健全な健全」と呼んでいます)の両方を論じています。

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